仙石原の家

昨年末、神奈川県の仙石原の家を訪れました。

多くの和風と近代様式を折衷したモダニズム住宅を多く手掛けたことで知られている、建築家吉村順三さんが手がけた、「小さな自然主義」を体現する、静かな名作です。

箱根の雄大な山並みを背景に、その姿は周囲の景観に溶け込むように、ひっそりと佇んでいました。

実際に目にすると、大きな屋根が特徴的でありながら、軒が低く抑えられています。

この建物は、大地から離れようとせず、周囲の自然にしっかりと繋がっているのが分かります。

過度な装飾は一切なく、「つつましく、しかし清々しい」という空気が、外観全体から静かに伝わってきました。

内部空間は、わずか10坪という小さな規模ですが、大きな開口部を通じて、外部の光や風、そして雄大な緑をそのまま室内に迎え入れてくれます。

特に、リビングと畳の間の段差は、座る人の目線が合うように計算されていると聞きました。

開口部や造作の家具や照明器具などのディテールに、吉村さんの研ぎ澄まされた美意識を感じることができます。

そして、吉村さんがご自身の親族のために細やかな情を込めたことが、その空間の隅々に宿っているように感じます。

「住宅とは、その中に住むためのものであり、見せるためのものではない」という吉村さんの言葉があります。

この山荘もまた、住む人の心地よさを追求した結果、この清々しい形となったのでしょう。

この家は一度、解体の危機を迎えました。

しかし、それを救い、現地での修復と未来への継承を決断したのは、一人の女性建築家です。

彼女は「この建物を移築ではなく現地で修復し、文化発信の場として未来へ繋ぐ」という静かな目標を掲げています。

「普通の会社員でも文化財の保存ができる」という彼女の活動は、素晴らしい建築を後世に残すことの大切さを、私自身が改めて考えるきっかけとなりました。

仙石原の家は、謙虚に自然と向き合うことで、いかに豊かな生活が実現するかを静かに教えてくれる、美しい住まいです。